マリアエマとビクトリア、これから日本でも名前を聞くことになるであろう二人の存在を少し紹介しよう。
マリアエマは大学で教育を専攻し、ADD児童や、ADHD児童の診断テストを行うことを仕事にしていた。そんなことをしている間にふと感じたのがADD やADHD児童は他の学生に劣る存在ではなく、ひとりひとり光り輝く星を心の中に持っているということだった。その後診断テストは、劣っているものを発見するタイプから優れている点を探し出すタイプへと進化する。それが、ラーニングスタイルを発見するプロファイルに変わってきた。
ビクトリアは自分の子供の評価がホームスクールとパブリックスクールで、圧倒的に異なるのを感じていた。それ以来、様々な専門家に会いに行き、自分の体験を実証する理論を探し求めていた。そしてマリアエマと出会った。二人はその後、ホームスクーラーのサポートティーチャーとして実践を踏むことになる。
今私は、この二人の実践するラーニング・サクセスというサポートティーチャーとしてコーチングスキルを学ぶ講習会に参加するため、ロサンゼルスまで来ている。こうした、民間の活力が、米国の教育を少しずつ変えてきたと言えるであろう。
一方で、トラディショナルな学校の教員達はいかがであろうか?先月はアトランタまで出かけていき、NECCという全米の教員達の会合に参加してきた。教育でコンピュータをどのようにして活用しているか、情報交換をする場であった。実はこうしたトラディショナルな教員の中にも、かなりエネルギッシュに現在の教育の在り方を考え直そうとしている人たちが多いという実感を得た。なにせ、広大なカンファランス会場で目一杯講義が組まれていたし、展示会に参加していた企業の力の入れ方も、日本のビジネスショーに匹敵するほど半端ではなかった。
こうしたひとつひとつの活動が、今後のアメリカの教育界に何らかの影響を与えていくことは間違いない。しかも、昨今のインターネットブームにより、資金が教育界に舞い込んできている。
今回のロスアンジェルスの研修でも、少ないが学校の現場の先生の参加もあった。研修生として参加している人、実践している教育方法を講義してくれる立場で参加している人と様々だが、ホームスクール、学校の区別なく彼らが見ているのは学習者そのものであることを改めて実感させられた。NECC の大会に比べると、いささかこじんまりとした研修会であったが、そうしたエネルギーのある方たちと、直にコミュニケーションを取っていける機会が得られたことは貴重なことだ。
NPOであれ、国家予算を使っている事業であれ、この一点を見失わなければ、日本も救われる術は見つかるかもしれない。
「bbs的思考とインターネット的思考」
個人のインターネット活用は「草の根的NPO的市民運動的な発想から誕生したのです」という日野氏の発言は的を得ていると思う。そこで、教育とインターネットという観点に立った時に、まず私たちがやらなければいけないことは、インターネットを通して学習者にそのツールの存在意義を知らしめることであると私は考えている。
日本でも電子通信ツールの発展は限られたユーザーを限定とするBBSシステムから発展してきた。Niftyなどの巨大な掲示板システムを会員向けに公開して、限られた世界で発言しあうことからスタートした。限られた世界には限られた世界のルールが適用していた。コードネームやニックネームでの発言によって、個人を特定することを避けることがあたかもできるような錯覚を生む場も提供されていた。
しかし、インターネットはその発展形態からしても、BBS文化とは異なった文化を持っていた。例えば、Niftyのインターネットフォーラムなどではニックネームなどの発言を禁止していた。軍事ツールから教育ツールに変わることによって、インターネットは公的なツールとしての位置づけがはじめからなされたいたわけである。NPO的な組織としてインターネットを発展させようとしていた善意の人々の集合体があってこそ、インターネットが我々の生活の中に浸透してくるようになったわけである。
私は子供たちにBBSとインターネットのマナーの違いを良く話す。子供たちはホームページを作成すると、必ずと言って良いほど、自分のBBSを付け加えようとする。プログラムを取り付けるのに昨今ではそれほどハードルが高い訳ではない。小学生でもやろうと思えばできる程度のことだ。しかし、そこでの発言方法についてはまったくと言って良いほど、子供たちには伝わっていない。今の教育がまずしなければならないことは、この点であると思う。
インターネットを通じて、人と人がつながっていることの大切さ、相手を思いやる心、ひいては全世界の人間の為にいったい自分が何が提供できるかを考える術を、伝授していかなければならない。
人のものを勝手に取ってはいけないこと、相手を納得させるにはそれなりの話し方があること、自分が欲しい情報を相手から受け取る時には相手が動きやすいように仕組んであげること。そんな処世術も必要になってくる。
また、インターネットを利用してビジネスを行っている企業にも言いたい。利用して利益をむさぼることばかりでなく、インターネットを利用するからには、社会貢献をするべきであるということを。インターネット上に企業として何が貢献できるかをしっかりと見据えた上で活動して欲しい。とりわけ、インターネットを使って学習していく子供たちが自由に使える教材を企業は提供できるのではないかと思う。ひとつひとつの企業がウェッブ上で企業資産を教材化していく、そうした活動の可能性を一緒に考えていきたいと思う。

