「多様な人材とコミュニケーション」

多様な人材育成ってなんだろう?経団連が経済活性化をめざすには、教育改革が必要と発表した。経済界が欲しい人材は「基礎学力があり主体性とプロ意識がある人材」という認識は私も同感だ。また、多様な人材育成には多様な教育が必要ということであろうか「複眼的、複線的教育システム」が必要とも主張している。首相の指摘諮問機関の教育改革国民会議もスタートするという。

ただ、少し心配な点もある。学習者自身、そしてのその親はこうした教育改革への議論に参加しているのだろうか?

先日2つの会議に参加した。ひとつは日本国内。インターネットを教育に利用するという目的で現場の先生方が集まった会議だ。失敗談、成功談を共有することは確かに大切であろう。ただ、残念だったのは、そこには学習者の姿、その親の姿がみられなかったことだ。使いこなせない最新技術をそろえてあげるだけでは、教育的価値があるとは言えないのではないか。技術力に追いつけない不安になった先生方だけでは何も解決できないのではないか。
もうひとつは、米国内。ホームスクールを実践する家族とサポーター達の会議だ。赤ん坊をだっこしながら、講演を聞いているおかあさんの姿もそこにはあった。大学で教育学を実践している先生の話を真摯に聞いている小学生の姿もあった。そこには、学習することは自分の権利としっかりと自覚している人たちの姿があった。アクティブな学習者にはコンピュータは何も不安になる道具ではなかった。

もともと人間はひとりひとり異なった個性を持っている。そんなことは誰でもわかっている事実ではないか。多様な人材が必要な経済界も、教育界も普段から一人一人の人間の個性をしっかりとみてあげる時間を持つことを最優先に考えるべきである。複眼的、複線的以上に多様な人格を認めてあげることからスタートして欲しい。

私たち一人一人が、自分の学習のチャンスを勝ち取るために、立ち上がる時が来ているのではないか。ワン・ツー・ワンのマーケッティングを可能とする、つまり時間と場所の制約から解放してくれるインターネットをツールとして、学習者がいかにアクティブに教師、サポーター、コーチ、学習リソースといったものにアクセスできるかが、これからのポイントである。この強力なツールを使って、需要と供給をマッチングさせる為の、コミュニケーションを充実させることこそ、今本当に我々が必要としているものであろう。

参考)
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2000/013/honbun.html

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