AI時代の学習管理

シンギュラリティがもう間近に迫っていると感じられる昨今、教育の現場に関わってきて、学習の本質について考える機会が増えて来た。

2025年は半年程の期間に飛躍的にAIが進化した事は皆さんも感じられたのだと思う。生成AIを活用して、学習の成果物も飛躍的にレベルが上がってきた。たとえば、筆者が非常勤で受け持っている理工学部理工学科での情報の授業(Javaプログラミング)ではほとんどの成果物がAIを利用して提出された。昨年度までは、50%近くが稼働しなかったプログラムが全て稼働する状態で提出された。という事は予想されていたので、成果物自体は評価対象とする事は比重を低く設定した授業設計が必要で、当初から授業での評価はプロセスを徹底的に管理する手法に切り替えてあった。

基本設計仕様書、詳細設計仕様書、プログラミング、テスト、納品、納品チェック、改善提案等、様々な書類をチームで話し合いながら進めていく授業を展開している。これまではプログラミングの部分も学生たちが習った範囲内でスクラッチで書いていたので、実際には納品時に稼働しないものもあったのだが、この部分でAIにチェックをさせてから納品してくるので、ほとんどのプログラムが動いてしまうという結果になった。しかし、各授業後に個人での報告書及びチームでの報告書を書かせているので、設計していくプロセスについても把握できる授業になっている。授業開始直後は十分表現できなかった自分たちの活動記録も少しずつ他者にも理解できるような文章になっていけるように毎回添削をしている。つまり、各自の頭の中で起きた変化やチームでの話し合いの内容を言語化してもらう授業なのだ。

ただ今後気をつけなけらばならないのは、AIにかけて納品する場合に、本当にAIが書いたプログラミングの内容を全てチーム内の仲間が理解した上での提出になっているのかと言えば、現時点ではNoだ。この部分の話し合いの時間を来年度以降は増やさなくてはならないと思っている。毎年授業の進め方も変化して行かなかればならないという事だ。

こういう状況は全国のどの大学でも起きている事象だと思う。成果物評価からプロセス評価への展開が教育の現場で必要となってくるのだろう。

さて、一方K-12の現場ではいかがだろうか?

私は1997年に慶應義塾普通部での授業作りから教育の現場に関わった。その後2校のオンラインハイスクールの立ち上げにも関わり、校長の経験もある。大学での授業経験も積んできた。これまで小学校、中学校、高校、高専、大学でのカリキュラム運営に関わる事ができた。ICTが教育にどのように役立つのかを、追求してきたつもりだ。AIの時代になって現場を振り返ってみると今後どのようにしてプロセス管理を実現していくのか、教員の忙しさを考えるとゾッとするが、成果物評価から離れられるとしたら、教員の仕事はどのように変われるのだろうか。そんな事を本気で議論する必要がある時代に入ったのだと思う。

AIに手伝ってもらって、私も昨年は二つのソリューションを開発する事ができた。これまでもエンジニアの力を借りて、私が設計したシステムを上梓してきたが、今回はエンジニアがAIに変わった。オフショア開発で、韓国、中国、ベトナムと経験してきた。最近ではパキスタンの可能性もあるところまで来たが、今回はAIと取り組むことで、直接設計思想をAIに叩き込むことで、ある程度の完成品までは辿り着けることが立証されてしまった。オフショア開発にしても開発者はAIを使って来る。だとしたら自分で直接AIに命令しても同じではと考えたのだ。

一つはアダプティブラーニング実現するAI学習カレンダーの仕組み「i-TanQ」。

もう一つはPBLを効率的に社会実装できるSDGsアクティブローカルポイントシステム「L-TanQ」だ。

この4月には両システムともバージョン2という形でマーケットインするつもりだ。ご期待ください。

大学のファシリティで感心した事

先日、慶應義塾大学をお借りしてイベントを開催した。オンラインで全国のいくつかの拠点からも参加するイベントだ。

コロナ前とは違い、使い勝手が良くなっていたので一言。

まずは音声アウト端子。
外部のゲストがテレビ会議システムを自分のマシンで利用すると困る事がよくある。
会場の音声をマイクで収音するシステムは大概の教室や会議室についているが、その音声を集音器から配信用のシステムに送るための端子がないと、音声が回ってしまう事がある。
通常アンプなどが入っている場合が多いが、機械の背面には音声アウトがついている場合が多い。教卓にその端子が配線されていない場合が多い事で、これまで様々な施設でこうした配慮を訴えてきた。
ところが、今回利用した教室では、音声アウトの端子がきちんと教卓についていた。
古い校舎ではあったが、少しの工夫で外部配信用にも配慮された、最新の設備に様変わりだ。全国の大学や企業の会議室でこうした環境を整えて欲しいものだ。

もう一つは、ゲスト用のWiFi。当日のみ使えるゲスト用Wifiのidとpwが配布されいた。もうスタッフのみに公開という限定的な使い方をしなくても良く、参加者全員が快適にインターネットに接続できた。しかもゲームサイトなどへのポートも閉ざされていない。学内の学生が授業中に一斉にゲームサイトに接続したらネットワークに影響を与えてしまうから、全学でポートを閉ざしてしまっている大学とは大違いだ。こうした配慮をしたら、ゲーム制作の授業をする場合のみ、こうした1日限定、教室限定のWiFi接続方法を検討すれば良いわけだ。

さすが慶應の三田のITCセンター。レベルが違う!

「木の戦い」からTolkienとウェールズ語へ

ご縁があり、木林文庫を訪問。

そこで入手した「木の戦い」を読んで、知的な連想を楽しんだ。

ウェールズの吟遊詩人タリエシン作の「木の戦い」は中世ウェールズ語で書かれた「タリエシンの書(Llyfr Taliesin)」のVIIIに含まれている。6世紀の作品だが、この井辻朱美翻訳版はロバート・グレイブ著の The White Goddes、1948英語訳からの翻訳。

木の戦士という事になると、TolkienのEntを想起する。

ということで発行者の須本実氏からすかさず直接購入。装幀は須本氏の次男の須本悠里氏。2021年に閉館してしまった品川の美術館原美術館の協力もと、華雪氏の書画でデザインされている。

さて、そこで気になった。Tolkienはどのバージョンを参考にしてEntの物語を創り上げたのか?

The Letters of J.R.R. Tolkienでentを探ってみると、1944年には既にコメントがされている。ということは、The White Goddesが起点ではなかった事は確か。

Ifor Williams. 1944. Lectures on Early Welsh poetry. Dublin: DIASはに紹介されているだろうか?原本を確認できてないので、確実ではない。

Tolkien: Maker of Middle–earth, 2018の中で出てくるTolkienの所蔵本の写真からはウェールズ語関連本としてA Welsh grammar, historical and comparative : phonology and accidence,1913が見られる。この本を使って原語で読んだのだろうなと想像。

J. G. Evans, Book of Taliesin ,Llanbedrog, 1910あたりが怪しい。ファクシミリデータが公開されているが、ウェールズ語が全く分からない私には手が負えないと感じる。

先輩の辺見葉子氏の論文にも辿り着き、しばし知的な旅を楽しむことができた。

ちなみに木林文庫には評論社版の「指輪物語」の初版本が書庫にありました。

奥様の佐喜世さんはロシア通。お二人とも東京生まれ東京育ち(私も)ですが、パリで過ごされた時期もあったとか。素敵なお二人との会話も楽しみ、コーヒーまでいただいて大変大満足な時間でした。

今年も挑戦を続けます

学習をしようと挑戦をしようとしている子供達の支援を通じて、今年も面白い事たくさん企画します。皆様とご一緒出来る事楽しみにしてます。

仲間を連れて岩手町

東京から私のネットワークの仲間達と共に岩手町を訪問。町長自らが岩手町の大切な資産でもある石神の丘美術館を案内してもらいました。

Web3、AI、VR、エネルギー、教育それぞれの持ち味を生かして、新たなデータという資産形成を目指します。

来るたびに成長する美術館。新たな作品が寄贈されていました。

Cluster体験記#5

Main Screenの二枚目設置に成功。やはり同じ世界には同じファイルしか共有できないかも。

スマホで作成したワールドへ移動するWorld Gateの設置成功。

面白くなってきました。