「大学選択」

学生には学生固有のラーニング・スタイルがある。おそらく私にもそのラーニング・スタイルを自分でも認識していれば、周囲のみんなが選択するからという理由で、受験する大学を選ぶなんてことはしなかったかもしれない。自分の得意なこと、やりたいことをみつけるのは時間もかかれば、かなりのエネルギーが必要だ。自分に適切な大学を選ぶということは、そうした自分を見つめなおす充分な時間を確保しなかれば実現しないだろう。

現在大学では少子化の現象とともに、様々な入試制度が取り入れられてきている。自分の得意技を生かしてくれる大学を学生側が選べる環境がそろってきた。今こそ、前世紀の遺物の受験を捨て去り、サービスを受ける側が選択する大学選択試験を受けてあげる時代であることを、学生ばかりでなく、親御さんも大学側も認識すべきであろう。夢を実現する為の進学を真剣に考えてがんばって欲しい。

学習スタイルをわかりやすく日本に紹介

米国のプロの学習コーチ達が出版していた書籍を翻訳するプロジェクトを起こしました。

マリアエンマ・ウイルス
ビクトリア・キンドル・ホドソン

は米国のバーチャルハイスクールの学習コーチでした。

気質:表現実行型、組織遂行型、発明型、関係影響型、試作創造型
様式:文字、音声、動画
環境:明るさ、気温、時間帯、場所
興味:すきなテーマ
才能:数学的理論的、空間的、音楽的、自然と触れあう、内省的、対人的、動物と交流、言語理論的、機械理論的

「大人になることは夢を失うことではない」

大人になることは夢を失うことではない。先日の成人式に各地で問題になっていた新成人達の姿を見ていてそう思った。確かに今の世の名、大人になっても夢を持ち続けるのは難しいと感じる時もある。
しかしそれが問題なのではない。21世紀を生き抜いていくはずの子供たちが、自分の夢を抱くことが難しいと感じていることが問題なのだ。夢を真摯に聞いてくれる仲間がいないこと、夢を実現する為に親がサポートしてくれないこと、子供の夢さえ聞いたことがない親がいること、そんな状況が心配なのだ。
いつの時代にも、子供は夢をみてきたはず。勉強に、仕事に追われ、夢を考える時間を奪われ、いつのまにか夢の存在すら忘れてしまった私たちが、今一度初心に戻って、この新世紀に勝ち取らなければならないものは、夢をみること、何かしたいと思うこと、一緒に創り上げたいと願うことなのではないか。

馴れ合いの仲間の中で大人の常識を打ち壊すことや個に埋没して人の生をゲームのように扱うことに夢を抱く自由を制限するつもりはないが、自由は生まれながらにして備わっているものではなくて、義務を果たすことで勝ち取ることであることを伝えていくことは大人の役目なのかもしれない。

大人も自分の夢をもう一度見直す時間を新世紀とともに勝ち取ることが必要だろう。
「なんでこの人あんなことに夢中になっているんだろう?」と周囲に思わせるような大人として今年もエンジンを始動していこうと思う。

「新世紀の小さな夢」

新しい世紀に期待して夢を語り合いましょう!

よほどのことがない限り自分は新世紀を迎えているだろうと思っていましたが、その瞬間一体何をしているのだろう、何を考えているのだろう?と良く考えていました。
生きているのか、死んでいるのか?やりたいことがたくさんあるのか、なんとなく時間をすごしているのだろうか?
そんな疑問に答える為に、または忘れる為に、これまで、ある時は勉強に、ある時は仕事に、わざと自分を追い詰めていた時期があったかもしれません。

ただ、数年前のインターネットが私に新世紀に歩むべき道を予測するチャンスを与えてくれたのです。
小さなツール(力)が世界をも動かす大きな流れ(マーケットの形成)に貢献する大革命になるであろうことは容易に予測できました。さて、そこで何をしようか。
自分は何に役立つのだろう。何をやりたいのだろう。
そして原点に立ち返ってみたのです。これまで自分が好きでやってきた活動(西洋紋章研究、カリグラフィー、スヌーカー)などを通して学ぶということの楽しさをみつけられたことが頭に浮かびました。
さらにインターネットで得た知識や仲間からの情報がその活動を支えてくれたのです。
学習とインターネットは親和性が良く、うまく活用することによって一人ではできなかったことも可能にしてくれると信じるようになりました。国内ばかりでなく、海外の専門家とのつながりも瞬時に確立してしまうのですから。
しかもやる気持ちさえあれば安価に情報を共有できます。
こんなすばらしいことができるんだと、一人でも多くの人に伝えたいという気持ちが、今の私の活動の基本になっているのです。

つまり、私の活動の基本はとても個人的な欲求から生まれたのです。学習は個人の願い、個人の夢をかなえてくれるひとつの道具なのではないでしょうか。好きなことからはじめる学習は確実に可能性を秘めているのです。

仲間や先生がすぐそばにいる状況ではいくつかの問題も発生します。いつか話せる、いつか聞くことができる、だから今はこの問題は解決せずに先送りにしよう。もともと好きな事でないから、勉強なんてしたくない。この勉強がなぜ自分に必要なのかよくわからない。そんな気持ちが生まれてしまう学生をこれまで何人も見てきました。
結局その甘えを引き締める方法として単純な競争意識を発生させようとしているのが現在の教育界の姿ではないでしょうか。効率が良いからという追い風も備わっているので、なかなか今のやり方を変えるには時間がかかるでしょう。一方で、こうした時間と場所に縛られた学校という環境にどうしても合わない学生が増えてきたわけです。いつでも聞けるという甘えから、もう誰にも聞きたくないという拒否感まで育ってしまった場合、集団の中での効率的であったはずの学習環境はその学生にとっては一変してしまうのです。

そんな環境をも変えてくれるのに役立つのがインターネットです。個人的欲求の学習の環境を変えてくれるインターネット、そしてそのツールがのもたらす世界を想像してみてください。
そこにはおそらくOne to Oneのサービスが展開されてくるのではないでしょうか。
また、そのサービスが蜘蛛の巣状に有機的にからみあった時、その力は巨大な世界をつくりあげてくれるでしょう。

そんな夢を抱いて私はこの新世紀を迎えたわけです。なんと幸せなことか。何しろまだまだやらなければならないことはたくさんあります。幸い賛同者を得て、今は一人ではないのです。
アットマークというひとつの集団が一歩一歩ではありますが、道をつくりはじめている。学生も家族もスタッフも、学習の新たな環境を作り上げようと一歩踏み出したのです。

さらなる飛躍の為に、自分自身、世紀末にリセットスィッチを押してゼロにもどそうと試みました。(少し休暇を取っただけですが・・・自分を見つめなおす時間を無理やり作りました。)
新世紀に新たなる一歩を踏み出せるよう心の準備をしておきたい。これから出会う学生に対しても、現在受け持っている学生に対しても、もう一度基本に戻って、また聞くことからはじめていこうと再確認しました。
あらたなコミュニケーションの中にはきっと新たな発見がある。その小さな発見を継続していくことで一緒に学習していこうと願っています。それが私の新世紀にいだいた小さな夢です。

0と1、結局ここが私のエネルギーの原点なのでしょう。いつでもこの基本を忘れずに新世紀を歩んでいきたいと誓いをたてたわけです。