「情報強者と情報弱者」のテーマ、とても興味深いですね。
私がインターネットを始めた時期は1994年の秋でした。個人向けプロバイダーであるリムネットがサービスを開始したのが秋だったと思います。その年の春、一台のマッキントッシュを購入したのをきっかけに、友人と狭い我が家で議論を展開していました。
「そうすると、インターネットに接続して、世界中の人とコミュニケーションを取っている家庭がある、一方で壁を一枚隔てたお隣さんは、まったくインターネットなんていう言葉さえも理解できずにいる。そうした差も生まれてくるね。1キロメートル四方の地域での活動しかしていないという人と、世界中を瞬時に飛び交ってしまう人が、一枚の壁の差だけで、同じ地域に存在するんだ・・・でもチャンスはみんなにあるんだね。」
「情報っていったい誰のものになるのだろう?」
「グーテンベルグの印刷術開発により起きた情報革命より大きな革命が起こるの?」
「圧倒的なローコストで情報の受信もできるんだね。」
「情報の発信ができるところが、最も注目すべきところではないの?」
「個人がテレビ局を持つってことだよね。」
夏から、秋にかけて、ニフティーのインターネットフォーラムに入り込んだり、リムネットの会議室に入り込んだりしましたが、なかなかすぐに役立つ情報が取り出せずにいました。その時のネットワークで活躍されていた専門家はとても怖かったですよ。特にネチケットを守らない人、自分で調べようとしない人には厳しい発言が飛び交っていましたね。
情報取得の壁は以外に高かったけど、すばらしいチャンスに恵まれるという期待感はその苦労も忘れさせてくれるものでした。
さて、2000年になった今、ますますインターネットの世の中は進歩しています。
当時議論していた友人は今はゲーム会社でiMode対応プロジェクトのチームリーダーに、私はいくつかの学校の情報担当の教師になりました。お互い、一人でも多くの方に、安価で良質な情報の受発信を享受できるような、プロジェクトに参加しているわけです。薄い壁によりかかりながら、狭い部屋で議論したあの夏が出発点になっています。

