大学はホームスクーラーにとって、何を与えてくれるでしょう?また、ホームスクールを実践するにあたって、大学との関わり方はどのようなものになるのでしょう。
昨年の夏、フィラデルフィアに行った時に、あるヒントが垣間見られました。古い駅舎を改造した、通信添削教材を中心とした、ホームスクーラーのサポート校を発見したのです。
経営はファミリービジネスでしたが、創始者でもある父親が中心となって、地元の有力な大学と深いつながりを作っていました。この基本姿勢はその後の代にも引き継がれていました。既にその経営は息子達の代で、私たちを出迎えてくれたのは、2人の若手の兄弟でした。父親同様、地元の教育学部の先生方とコミュニケーションをとり、高校の授業についていけない学生のための補修教材を地道に取り揃えていました。
アメリカでは各学校に学生の学習の相談を請け負う相談員がいます。最近では日本でもそうした担当を用意している学校が増えてきました。たとえば、そうした相談員が、補修教材を扱っている学校を紹介することがあります。しかも直接に単位に結びつく条件として、補修を受けさせることもあるようです。
特に注目すべき点は、教材を作成する上で、大学の専門家や学生とのコミュニケーションを充分にとっているという点です。その中身も濃く、たとえば歴史の問題なども、従来の歴史観からに立った場合の解答と、自分のオリジナルな解答を両方書き込める欄などもあり、よく考えられています。
日本でなら、解答は一つになってしまうでしょう。ましてや、通常の歴史観と異なる解答をしては、点数は取れないのが原則です。ただし、創造的な人間を育てる方法としては、こうした解答欄の設け方は一理あるのではないでしょうか。
こうしたクリエイティブな学習方法を応援する問題集はぜひ大学でも高校でも協力しあってつくって欲しいと思います。自分で考える力を養える学習参考資料、そうしたものを用意できたなら、日本のホームスクールの文化も根づいてくれるのではないでしょうか。このような教材を扱っている学校を、公的な学校が紹介できる環境こそ、アメリカのふところの広さなのではないでしょうか?
アットマーク・インターハイスクールでも、学内ばかりではなく、学外の優秀な専門家の方々とコミュニケーションを深め、学習者の知的好奇心をかきたててくれるような、ヒント集をつくっていきたいと考えています。
「木の根」第二章
昨年は日野理事長と一緒にいろいろなことを学びました。特にこの夏は強行軍の米国出張の中で、様々な人と出会い、様々な考えを聞き、心を洗われる思いをしてきました。
シカゴ経由でハートフォードに着いたのもつかの間、バーモント州のeSchoolをめざして、3時間程ドライブをしました。アメリカの東部には英国の地名に由来する町がたくさんあるようで、英国をドライブしているような気になりました。ケンブリッジに一時ステイしていたこともあり、英国の旅をしたことのある私にとっては、何かとても懐かしい思いをさせてくれる光景が続きました。飛行機と車の移動でくたくたになりながら(少し居眠りをしていたのだと思います)、ようやく辿り着いたeSchool は想像していた以上に簡素で、何もない町の一角にありました。
一階が本屋になっている建物は、コロニアル風とも言える、木造のひなびた2階屋でした。2階への階段を上ると、初老のおばあさんが、我々を出迎えてくれました。とても笑顔の似合うおばあさんは、この学校の共同経営者でもある、学長の奥様でした。学長もすぐに挨拶に出てこられて、学内を案内していただきました。そこは学校というより、リゾートオフィスという感じのところでした。サポートする方たちの部屋もひとりずつ割り当てられて、働く環境としてはすばらしいところでした。もちろんコンピュータも最新のものが並んでいました。
別棟は小さな印刷所のようになっていました。義理の息子さんが仕切って、印刷機器や教材を見せていただきました。印刷機はなんとリコーのリソグラフを活用していました。ここは教材を中心に通院教育のサービスを展開しているスクールのようです。この義理の息子さんがスクールのインターネット化を推進しているとのことでした。威厳のある学長の教育理念を伺いながらも、私は将来の希望に満ちあふれている息子さんと話があいました。
米国には様々な形態のeSchoolがあります。学校の勉強をサポートする形態のもの、授業のサブ教材を扱うところ、オリジナルの教材を用意しているところなど様々です。私たちのeSchool探索の初めの一歩としては、最適な学校を訪問できたと思います。
面談が終わる頃には夕暮れ時になり、食事に招待されました。めまぐるしい一日の最後で、食欲もあまりわかなかったのですが、せっかくの招待ですから、近くのレストランまでご一緒させていただきました。なぜか勧められるがままにステーキを食べてしまいましたが、さすがに疲れていたのか、アメリカンサイズのステーキは思ったより骨の折れる食事になり、お腹の具合と格闘していたのを思い出します。
そうこうしている内に、帰り際の時間になると、突然の嵐が襲ってきました。食事で満腹の状態で車でこれからまた3時間も走らなければなりません。確かにあの嵐の中、稲妻の閃光と土砂降りの雨には驚きました。アメリカンサイズの肉の後は、アメリカンサイズの嵐が我々を襲ったわけです。それでも睡魔が襲ってきて、結局私は車の中で寝てしまったのでした。
翌日、ニューヨークにいる友達とメールで情報交換しましたが、アメリカでも前の晩の嵐はめったにある規模ではなく、かなりの被害が出たものだったようです。1987年に英国ケンブリッジで出くわした嵐もすごかったのですが、今回のはそれに輪をかけたような嵐でした。違いは英国の木々は根が浅く、街中の木々が翌朝倒れてしまっていたのですが、アメリカの木々は根が深いのか、ホテル周辺の倒木はあまり見かけることはありませんでした。ここで、またアメリカのパワーに驚かされたわけです。
我々も、インターネットでの教育システムを、日本に深く根付かせたいと心に誓ったのでした。
「木の根」
学長をめざして日々精進している、柳沢です。従来の学長像というものからすると、みなさんのご期待には応えられないかもしれません。
1960年生まれ、39歳になります。13歳の娘がいます。英国式ビリヤード(スヌーカー)が好きで、西洋紋章が好きで、インターネット文化が好きで、0から1を創ることが好きで、一所懸命に前を向いて進んでいる人が好きです。日野理事長と出会ってからずいぶんと時間が経ちましたが、ようやく一緒に仕事ができることになりました。1999 年は私にとっては、このプロジェクトに参加することも含めて、新たなスタートの年でした。
大学時代の家庭教師時代から教育にはすこぶる興味がありました。英語の教員免許も取得して、就職でも教員は考えていたのですが、縁あって、ビジネスの世界を歩んできました。
1994年に一台のマッキントッシュと出会い、インターネットの世界に参加することができました。それ以来、インターネットと教育というテーマが私の脳裏から離れない日々が続きました。
大学時代の家庭教師を真似て、インターネットの家庭教師を始めました。学生は、大学の先生方や、芸能人や、友人でもある企業人達でした。現在はインターネットをツールとした中学生の授業も担当するようになりました。人より半歩先に行くことができたことにより、その知識をみんなに共有してもらえるチャンスを得て、また一緒に学ぶことができて、とても楽しい、幸福感を味わうことができました。
教育ってなんでしょう?教える、教えてもらう、育てる、育つ、いずれにしても、誰が?何を?ゴールは?という疑問に行き着きます。
私は教えるほうも教わるほうも、一緒に育っていくことこそ、教育ではないかと考えています。相手を認めるために、自分自身を知るために、人は学習するのだと思います。どのように生きるべきか、どこに向かうべきかを考えるために、自分の存在を見つめなおすために、人は学習するのだと思います。
Learning Style
Marriaemma Willis
VIctoria Kindle Hodoson
I appreciated your lectures and lessons about Learning Syle.
Five Aspects of Learning Style
1 Disposition
Perform, Produce, Invent, Relate/Inspire, Think/Create
2 Talents
Music, Math-Logic, Mechanical Reasoning, Word-Language Reasoning, Spatial, Interactive-self, Interactive-Others, Interactive-Animals, Interactive-Nature, Humor, Life Enhancement
3 Interests
Sport, Music, etc.
At Home, At School, etc.
4 Modality
Auditory, Visual Tactile-Kinesthetic
5 Environment
Sound Body, Position, Interaction, Lighting Temperature, Food, Color. Time.

